クマについて学ぶ - クマとの遭遇を避けるには

目次

クマとの遭遇を避けるには

すでに述べたとおり、クマによる人的被害を受けないために最も効果的なのはクマと遭遇しないことである。そのために人が採ることのできる行為として、クマと人が出会いにくい環境を整備することと、現場でクマと遭遇しにくい行動パターンの採用の2つがある。この項ではそれら2つの項目についてまとめる。

クマと人が出会いにくい環境の整備

この項目の目的は、クマの本来持つ人を恐れる性質を維持し、また人と遭遇しにくい環境を構築、維持することにある。具体的にはクマの導線のコントロール、人馴れ個体や餌付け個体の発生を防ぐことが目標になる。これには地域社会が実施しなければならないものと、各個人が日々行わなければならないものがある。

地域で行われていたり行われることが期待される対策

クマの生息地では昨今以下のようなクマ対策が行われ始めている。

つまりクマは食餌を求めて人がいる場所に現れる。なので個人個人としては食餌を想起させるようなゴミや食べ物の放置、放棄を一切しないこと、茂みなど見通しの悪い場所では見えないところにクマがいることを想定して行動することなどが求められる。

クマ生息地に入る者がしてはならないこと

何度も書いてきたようにクマは人を恐れていると言われている。しかし人間による条件付により餌付き個体、人馴れ個体などの問題個体が発生している。そういった個体を発生させる原因になる行動を人がすることで、以下のような問題つまり危険性が非常に高まる。

これらにより人と遭遇して人身事故が発生することになる。つよく動機づけられた個体では 2020 年に上高地であったように積極的にテントなどを襲うようになる。

以上のことを防ぐためにも何人たりとも以下のような行動は決してしてはならない。

これを守らないとたとえあなたがその時無事であっても、その後同じ場所を通過する人がクマと遭遇して最悪殺されてしまう場合があることを肝に銘じなければならない。

現場でクマと遭遇しにくい行動パターンについて

これまで何度も述べてきたように元来クマは大型哺乳類である人間を脅威と感じている。人馴れや餌付けされていない本来の性質を持つ個体であれば、人間がいるということを知らせれば、あらかじめクマの方から人を避けることが多い。

クマに人がいることを知らせるための方法として以下のものを携帯し、携帯するだけでなく使用することが推奨されている。

クマ鈴はうるさいと文句を言うハイカー少なくないが、日本のいたるところでクマによる人的事故が多発しこれからも増加することが見込まれる昨今、クマ鈴を使用しないほうが問題個体の発生を増加させると予想されるので、クマ鈴等の鳴り物は積極的に使うべきというのが筆者が資料により調査したクマの性質等から得た結論である。

またクマに人の存在を知らせるのに人間同士のおしゃべりが有効であることはかなり昔から知られている。

他にクマに人の存在を知らせるための鳴り物として、知床財団のヒグマとの遭遇回避と遭遇時の対応に関するマニュアル第2版によるとザックにカップをぶら下げてカラカラいわせるのも有効との報告がある。

またある北海道の猟師によると空のペットボトルをベコベコ鳴らすのも効果がある可能性が強い旨報告されている。

さらには知床財団のクマ対策スタッフはクマ鈴を携帯せず、見通しの悪いところや曲がり角、新しい痕跡がある場所や、クマの匂いがして近くにいそうなときには、手を叩いたり、ホイッホイッなどと声を出しているとのことだ。実際にその声を聞きたかったので YouTube 等で検索してみたのだが見つけることはできなかった。鳴り物を携帯せず人間側がクマを検知しながら行うことになるのでかなり高度な方法と言え、一般人にそうそう真似できるものでもなさそうではある。

これまでクマに人を避けていただくために人ができることを書いた。しかしそれだけではどうしても突発的な遭遇を防ぐことは難しい。クマに避けてもらうだけでなく、人もクマの気配や姿を早期に察知しクマとの遭遇を避ける行動が必要になる。

クマを避けるために人は以下のクマの痕跡には敏感になり、新しい痕跡があれば行動を中止して引き返すなどの適切な判断力も必要になる。

以下にクマの痕跡を挙げるが、筆者は実物の写真を持っていないため、ネットで検索するなどして、実物の写真を確認してほしい。特に糞は食べたものによりかなり色も形も硬さも異なるのでネットで写真を確認するのが望ましい。

クマ棚

ツキノワグマはナラなどの果実を食べる際に、木に登り、枝先の果実を枝ごと折って食べ、その枝を尻の下に敷き詰めていくといった習性を持っている。クマによって敷き詰められた枝がまるで鳥の巣のようになるのだが、それをクマ棚と呼んでいる。

クマ棚があるということはその一帯にはクマが行きていくのに必要な餌がありその一帯がクマの生息地であることを意味している。

クマ剥ぎ

クマ剥ぎはいわゆる林業被害としての樹皮剥ぎとして報告されることが多い。樹皮剥ぎをする野生動物としてシカが知られているがクマによる樹皮剥ぎも少なくなく、クマによるものをクマ剥ぎと呼んでいる。

クマ剥ぎは、まるでバナナの皮を剥くように樹皮が根本に向かって剥がされるのが特徴で、爪の痕や牙の痕が残されている場合も観察されている。クマがなぜ樹皮を剥ぐのかはいまだ定説がないが、クマ剥ぎが見られるということはその一帯にクマが生息していることを意味する。

爪痕

クマの樹木等の爪痕は木に登り降りするときはもちろんのこと、なぜ爪痕が残っているのかわからないケースも観察される。むろん爪痕もその一帯にクマが生息していることを示す証拠なので、クマとの遭遇に注意を払わなければならない。

糞はクマの生息、もしくは現在位置に関する最も重要な情報を提供する。排出して間がないと思われる新鮮な糞が発見された場合、すぐ傍にクマが潜んでいると思われる。新鮮な糞を発見した場合は注意しながらすぐにその場を離れて避難すべきである。

長野県のホームページにツキノワグマの糞の映像が公開されているので見ておいたほうがよい。また森と水の郷あきたのページにはカモシカを食したツキノワグマの糞が掲載されているのでこちらも参照されたい。

さらに上高地でハイカーが発見したツキノワグマの糞の写真が山と渓谷オンラインにも掲載されているので見ておいたほうが良い。記事自体は読者を脅し過ぎでいただけないのだが糞の写真は価値がある。上高地ビジターセンターの話では上高地に住んでいるツキノワグマの食餌はほぼ全て草で、たまに昆虫を食べるということなのだが、掲載されている糞の写真はそれを実証している。

なおシカを食べた個体の糞には消化されずに残ったシカの毛が含まれていることが多い。つまりその個体は肉を食う個体だということで特に注意を要する。糞だけで生きたシカを襲って食べたのか、それとも春先に餓死等で自然死したシカの死体を食べたのかわからない。

あくまで筆者の考えになるが、こういった肉を食った痕跡を解釈する場合は、他で子シカを襲って食す個体が観察されていることからも、人にとって都合の悪い方の解釈を採用すべきだ。つまり付近にシカを襲って食った個体がこの付近に生息していると解釈するべき。当然そのような個体に遭遇しないように、人が撤退すべき。

足跡

足跡は風雨によりいずれ消失すると思われるので目視できるような状態で足跡があるということは、その付近にクマが生息しているということである。新しい足跡を見つけたときはすぐ傍にクマがいると思われるので行動を中止し撤退すべきだ。

匂い

ツキノワグマの場合の報告が見当たらないのでツキノワグマでもそうなのか不明なのだが、ヒグマが傍にいた場合、かなり強い獣臭がすることが報告されている。獣臭がする場合はかなり危険な状況にいると認識し周囲に注意を払いながらその場をすぐに離れるべきだ。

唸り声や音

クマは藪の中から音もたてずに人を襲うことはないと言われている。大抵は犬のような唸り声を発したり、遠い距離から「おーい、おーい」とまるで男の人が呼んでいるような声を出すことが知られているし、親子ぐまの場合はクマの近距離に近づいてしまうと母グマがダンッと地面や木を打ち鳴らすことも報告されている。

つまりクマも音で人がクマの存在に気がつくように「それ以上近づくな」と警告音を発しているわけだ。それを無視、あるいは気が付かずにのこのこと近づいてしまうとクマの防御攻撃を誘発するのは当然のことだ。

最後に目視についてまとめる。

すでに見てきたようにクマの聴覚と嗅覚は人間の聴覚と嗅覚をはるかに凌駕しているが、視覚とそれに伴う認知能力は人間のほうがはるかに優れている。そのため人はクマの存在に気がついているがクマはまだ人の存在に気がついてないシーンというのがありうる。

人が先にクマの存在を認識した場合はクマの動きに注意しながらその場を静かに離れるべきだが、気をつけないといけないのが茂みだ。クマは基本的に臆病な動物なので、他の動物、人から見つからないように森の奥や茂みに隠れている。茂みにクマが隠れていることに人が気づかずに近づいてしまうことがある。

クマの方は唸り声をだしたりして人に警告を送っているのだけれど、人がそれを無視してあるいは気づかずにクマからするとこれ以上近づいてはならない距離まで近づいてしまうことがある。これがいわゆる茂みの中から突然クマが飛び出てきて襲われた、と表現される人身事故の真相らしい。

なので人としては高い視力を利用して、黒い何かの動き、黒い影に接する他のカラーの動きに敏感になるのが重要だ。もちろん音に対しても敏感になりクマから送られてくるサインにも注意したい。

以上見てきたように人とクマが不幸な遭遇をしないためには、クマに早期に気づいてもらうことと、人が早期にクマの存在を認識するという2本立てで対策する必要がある。これらの対策をしても絶対安全とは言えないが、どちらが欠けてもクマと人の不幸な遭遇の確率が上昇する。